日本ボート協会JARA OFFICE
全国のオアズパーソンへの手紙(第85信)
日本ボート協会会長
大久保 尚武
今年の8月から9月にかけては、国内外で実に重要で大きな大会が続けて開かれました。オリンピック・パラリンピック前年の特殊な事情なのですが、こんなことは日本ボート協会としても初めての経験です。
- 8月6日(火)~11日(日) 世界ボートジュニア選手権大会/東京都 海の森水上競技場
- 8月17日(土)~20日(火) 全日本高等学校選手権大会/熊本県 斑蛇口湖ボートコース
- 8月25日(日)~9月1日(日) 世界選手権/オーストリア・リンツ
- 9月5日(木)~8日(日) 全日本大学選手権大会/埼玉県 戸田ボートコース
わたしは高校選手権には行けませんでしたので、残る3つの大会について「観たこと、考えたこと、悩んだこと」などとりまぜてお話ししておきます。
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順序は逆ですが、印象の新しい大学選手権から始めましょう。なんといっても男子では仙台大学の充実ぶりです。7種目中4種目で優勝し、ついに男子総合優勝を勝ち取りました。創部18年目での念願成就ということです。おめでとう。
一方で“常勝チーム”と思われていた日本大学が、今年はなんと1勝もできませんでした。奮起を祈ります。また関西で力をつけてきた同志社大がついにM4+で優勝しましたが、最近の充実ぶりからみると、妥当な結果と思われます。
女子では早稲田大が伝統のW4×+で安定した漕ぎで完勝、女子総合優勝を持っていきました。個々のレースではW2xで立教大の初優勝は見事、またW1xで明治大・高島美晴選手の圧勝ぶりが印象的でした。「半年あればもう一段強くなれる。猛練習して冨田先輩と一緒にオリンピックを目指してほしい」と思いました。
余談ですが、この冨田、高島選手をはじめ名選手を育ててきた明治大の角久仁夫監督が今大会を最後に引退だそうです。角監督、ほんとうにご苦労さまでした。
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同時に行われた「オックスフォード盾レガッタ」でNTT東日本クルーがほぼ無風のなか5′38″20で漕ぎ切り、ついに40秒の壁を破り、日本最高タイムを樹立しました。林邦之監督以下各選手の「意地でも30秒台!」の気迫が打ち出したタイムだと思います。日本に5分30秒台という新しい視界を切り開いてくれたこと、心から敬意を表します。ありがとう。そしておめでとう。
このレースの1週間前にオーストリア・リンツの世界選手権でのエイト決勝戦を観てきたばかりのわたしの感想を言わせてください(けっしてNTT東日本の快挙にケチをつけるつもりではありません。おそるべき世界の実情を知ってほしいのです)。
世界選手権M8+の決勝戦は無風の中、4艇(ドイツ、オランダ、イギリス、オーストラリア)がほとんど同時にゴールに飛び込んでくる大激戦でした。結局ドイツが抜き返して優勝、タイムはなんと5分19秒41でした。
わたしはいろんなことで考え込んでしまいました。まず、この約20秒ある差をはたして追いつけるのだろうかということです。100m毎に分解すると、ドイツは100mを16秒で漕ぎ、日本は17秒かかる。この100mで1秒の差をうめるのにどうするかです(ちなみにわたしの選手時代(1960年)、東北大が戸田で初めて6分を切り、その時のスピードが100m18秒、この一秒を縮めるのに日本では60年かかったわけです)。
ドイツクルーは平均身長が190cmを超えています。NTT東日本には櫻間達也選手が188㎝、高野勇太選手が186㎝とドイツクルーに入っても遜色のない大型の選手がいますが、それでも平均でまだ大きいのです。日本でどうやって「TallMan」を集めるのか。現在、タレント発掘や種目転向など様々な取り組みを行って世界と戦える人材を探していますが、一層、拍車をかける必要があります。
そして漕法、これはわたしの目は素人同然なので、たんなる感想として聞いてほしいのですが、ドイツの漕ぎは見た目案外コンパクトな感じがしました。最も効率的な姿勢のところでキャッチし、脚・腰・背・腕の力をしなやかにバネのようにシンクロさせて全身がひとつになって“ガッ!”と水を押す、そんな感じです。これはコーチ陣がよく検討してくれるでしょう。
最後にひとつだけ。今年の世界選手権でのM8+への参加国は10カ国にしかすぎません。5分19秒レベルで漕げる選手を8人揃えて長期間一緒に練習するのは、どこの国にとってもはなはだ困難になっているようです。将来8+を制するのは中国だろう。わたしはそんな予感がします。
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ボートの世界選手権は①シニアのオープンクラス(男女各6種目)②軽量級クラス(男女各4種目)③パラローイング(男女各3種目、混合3種目)この3つが一緒に行われます。観ていてもオープンのW2xが来て、パラの混合フォアが来て、軽量級のLW1xが来るという具合で、しかも予選の間は5分おき(パラは別)のスタートですから次から次へとレースがやってきます。健常者とパラをこれだけ徹底して一体運営している競技は他に聞いたことがなく、ボートの誇るべき先進性だと思います。
今回日本選手団はオリンピック・パラリンピックの出場権を取れませんでした。残念至極であります。全て、来年4月、韓国・忠州でのアジア・オセアニア大陸予選にかけることになりました。パラローイングは、今回PRIの男女シングルスカルとPR3の混合フォアの3種目にチャレンジしましたが、ヨーロッパの先進諸国に比べて経験不足はいかんともしがたく、「まだ相当の差だなぁ」という感じです。ただPR1M1×の遠藤隆行選手がラスト200mで猛烈なスパートをかけ、先行艇を抜き切った力強さは痛快でした。またこの4月に視覚障がいサッカーからボートに転向したばかりで、混合フォアの整調を漕いだ斉藤舞香選手は、さすがにすばらしく鋭敏なセンスの持主で「オールの水音で全体の調子、リズム感がわかります。ボートはサッカーと違って怪我をしないので安心です」と話してくれました。
シニアの方に移りましょう。
初めてチャレンジしたオープンクラスのM2xは、11位で出場権が獲得出来たのですが、さすがに届きませんでした。D決勝の3位で総合31クルー中21位にとどまり、本人たちはちょっと落ち込んでいましたが、わたしはある手応えを感じるレースでした。D決勝6クルー中3位でのゴールインでしたが、漕ぎの勢いは1位のスロバキア、2位のアメリカに負けないものを感じたからです。可能性はあります。今後のオープンクラス活性化のためにも頑張ってください。
期待していたLW2xはC決勝2位(27クルー中14位)にとどまりました。選手の体調不良からレース3日前にクルーを組み換えての出場だったのでやむをえないものがありますが、体調管理もスタッフを含めた選手団の責任です。アジア・オセアニア大陸予選ひいてはオリンピックメダルに向けて、チーム一丸となって取り組むことを期待します。
LM2xはD決勝6位(32クルー中24位)でした。実力はこんなものではないはずです。残る半年間狙いを絞って本気で練習すれば必ず変われます。わたしの好きなことばに(ちょっと難しいことばですが)「蝉脱」(せんだつ)というのがあります。「蝉が殻から抜け出るように古い姿を捨てて一新すること」という意味です。半年後に思い切り変わった姿を見せてください。期待しています。
LM1xの武田匡弘選手はC決勝6位(33クルー中18位)でした。まだまだ若い伸び盛り、練習あるのみです。
そしてLW1xの冨田千愛選手の銀メダルは見事でした。観客席でラスト300mは(しっかりした漕ぎで安心でしたが)「ドイツを抜け!」と年甲斐もなく手を握りしめてしまいました。「われわれにも出来る!」そう日本クルー全員に勇気を与えてくれるレースでした。よくやってくれました。同じ仲間の彼女が銀メダルを獲得できた。その事実をしっかり心の芯に据えて、アジア大陸予選そしてオリンピックに向けた練習を戦い抜くことです。健闘を祈ります。
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大会翌日の9月2日(月)はFISA定時総会で、木村新理事長、日浦幹夫アンチドーピング委員長と一緒に出席してきました。
中で特にローランド会長が強調していたことを、ひとつだけ紹介しておきます。今世界のスポーツ界はオリンピックも含めて急激に変化している。その中でボートはどちらかというと変化を嫌い保守的だと見られている。もっと若人が好み熱中する方向を目指すべきだ。そこでFISAとしては「コースタル・ローイング」(海上ボート)に注力し、オリンピック種目にも取り入れてもらうべく努力している。その点を理解してほしいということです。
JARAとしても検討したいと思います。
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世界ボートジュニア選手権は①2020東京オリンピック・パラリンピックのテストイベントである②新設なった海の森水上競技場での初の大会である③日本で開催される3回目(1964東京オリンピック/戸田、2005世界選手権/長良川)の世界大会であるという3つの点で画期的なイベントでした。
本来は2020東京オリ・パラ組織委員会が主管すべき大会を種々のいきさつの末、日本ボート協会が資金集めから大会運営までを主管することとなり、2年間に亘って準備に大変な苦労を重ねてきました。そして今回立派に大会を実施し、仕上げることができたと自負しています。
わたしは今回ほど日本ボート界の人材力のすばらしさを感じたことはありません。「この人までもが…」と思うような人がボランティアとして一翼を担ってくれました。各担当者の責任感あふれる実行力、そして思いがけない事態に臨機応変に対応する力、ほんとうに感心しました。
あらゆる競技種目のなかで本格的なテストイベントとしては最初の大会だったので、主要な方々はほとんど視察にこられました。森喜朗会長以下組織委員会の面々、小池百合子都知事以下東京都の方々、鈴木大地スポーツ庁長官以下の担当官、橋本聖子議員(現オリ・パラ大臣)遠藤初代オリ・パラ大臣他の国会議員諸氏、他競技団体の責任者の方々、数え上げたら切りがなく、連日応接に席を温める暇もないほどでした。特に最終日には三笠宮淋子女王殿下がご来臨になり熱心にご観戦いただきました。
FISAのジャン・クリストフ・ローランド会長、マット・スミス事務総長からは「日本ボート協会諸氏の献身的努力と運営力にはほんとうに感心した。関係諸氏にはわたしからの感謝の意をしっかり伝えていただきたい」とくり返し述べられ、特別に記念のメダルを贈っていただきました。
天候は晴れていたものの、連日7~8メートルの横順の風が吹き、外海には白波が立ってちょっと心配しましたが、コースの中の波はほとんど気にならないレベルで、選手たちの評価はおおむね「良」でした。そして決勝戦の日は嘘のように無風状態で、好レースの連続でほんとうにホッとしました。
唯一問題は、観客の暑さ対策でグランドスタンドの屋根が半分しかついていないのは見た目にも異様だし、なにより耐えがたい程暑く、プラスチックの椅子もさわれない程です。ここにはどうしてもテントでいいから屋根が必要です。また芝生観覧席には日蔭がゼロなので、何張りかのテント小屋を建て涼む場所をつくらないと熱中症患者がでることは明白です。今後当局との最大の交渉事であり要改善事項です。
レースの成績のことにはふれませんでしたが、U19は軽量級がなく、全てオープンクラスであるだけに、現時点では対等に戦う力はまだないといわざるをえません。U23、シニアにも継がる課題ですが、「オープンクラス対策」として鋭意検討することが求められる、これがわたしの感想です。
(以上)