日本ボート協会JARA
全国のオアズパーソンへの手紙(第25信)
日本ボート協会会長
大久保 尚武
いま日本ボート協会が主催する競漕会(ボートレース)は12あるのですが、「選手権」を争うものとしては、学制別(世代別)に組み立てられた全日本中学選手権、全日本高等学校選手権、全日本大学選手権、全日本選手権の4つの選手権が中心になっています。つまり日本のボートは歴史的にも、学校ごとにクルーを組み選手権を争う(あるいは対校レースを戦う)という形が一般的で、この点でクラブチームを中心としている諸外国のボートとはまったく違うと言っていいと思います。
ところがこの学校を中心とするシステムが、少しずつ変わってきているように感じます。先月のこの手紙でも紹介しましたが、今年の全日本中学選手権では学校単位のクルーは増えず、クラブチームが16チームに増えました。
また7月31日~8月3日に河口湖で開かれた全日本高等学校選手権の会場で、ある先生から、高校でのボート部活動の危機(というか懸念材料)について詳しく説明を受けました。少子化の影響で高校の統廃合がはじまり、選手数は減り体育の先生も減らされている。10年後を考えるとはたして学校対抗でやっていけるか、合同チームとかクラブチームの参加を認めなければならなくなるのではないか、というのです。(現在の規定で、高等学校選手権と大学選手権への参加資格は、学校単位となっています。)
全日本選手権へのクラブチームの参加が増えていることは、みなさんご存じのとおりです。
ところで昨年の10月から、JOCの「スポーツ指導者海外研修員」としてイギリスに行っている大戸淳之介さん(元戸田中央総合病院チームのコーチ)が夏季休暇で帰国しています。大戸さんはテムズ川沿いにある名門ボートクラブ「Staines Boat Club」(会員数約150名)に所属してイギリスボート界の状況をいろいろ調査しているのですが、先日「イギリスにおけるボート競技の現状」について報告をしてくれました。イギリス全土に550(!)のクラブがあり、年会費を払っている登録会員数は約32,000人もいるそうです。さすがボートが国技の国だけあるなあ、と感心すると同時に、全国レベルの運営をどのようにしているのか、どのようなレースがあって、選手たちは何を目標にしているのかなど、まだまだ知りたいことが山ほどあります。大戸さんにはあと1年間しっかり勉強してきてくれるようお願いしておきました。
× × ×
8月はインターハイとインカレの季節です。
第62回全日本高等学校選手権競漕大会は7月31日~8月3日、全国9ブロックの予選を勝ち抜いてきた135校が参加して河口湖でひらかれました。朝のうちは雲もなく、真正面に富士山がそびえる緑豊かな景観で、「外国人などが見たら絶賛するでしょうね」と木村理事長らと話しながらじっくりと観戦しました。久しぶりでカタマランにも乗せてもらい、若い選手諸君の力漕ぶりを間近で見ることができてこちらも力がはいります。彼らのなかから東京オリンピックの代表選手がぜひとも出てほしい、いやきっと出る、と考えながらの観戦でした。
第41回全日本大学選手権大会、第54回オックスフォード盾レガッタは8月21日~24日に戸田でひらかれました。女子4種目、男子8種目ですが、まず女子では優勝が4大学(名古屋、明治、富山国際、早稲田)に分かれました。特記すべきは、女子舵なしペアで優勝した名古屋大学クルーです。男女を通じて全国制覇は初めてということで、応援していたOBも大喜びでした。おめでとうございます。
男子8種目の優勝は、日大4種目、明治2種目、筑波と一橋が各1種目という結果でした。が、なんといっても土手での最大の関心事は、エイトで8連勝している日大を一橋がはたして破るのかどうか、という点です。初日に直接対決した予選では一橋が完勝しただけに、エイト決勝前の戸田の空気はピリピリして、なにか異常な緊張感と興奮につつまれているようにわたしには感じられました。
結果は日大が予選のリベンジをして、エイト9連覇を果たし、一橋は昨年にひきつづいて2位でした。私としては、心から両校の健闘を称え、敬意を表したいとおもいます。
オックスフォード盾は東レ滋賀が久しぶりで優勝しました。
× × ×
日本代表チームの世界への挑戦ですが、今月は3つの大会に参戦しています。8月6日~10日 ドイツ・ハンブルグでの世界ジュニア選手権、8月16日から中国・南京で開かれた第2回ユースオリンピック、そして8月24日からオランダ・アムステルダムでの世界選手権です。
それぞれの結果の詳細はホームページでご覧になっていただきたいと思います。あと残るは9月のアジア大会などで、今シーズンの国際レースは終了します。
近いうちに強化委員会として今シーズン(昨年10月~9月)の総括をしっかりやる予定ですので、その報告を待ち、来年8月の世界選手権での軽量級3種目のオリンピック出場枠確保にむけて、しっかり計画を組み立てたいと思っています。
ちょっと話はとびますが、2016年のリオ・オリンピックの現地事前調査がJOCの主催で行われ、29競技団体が参加し、日本ボート協会からは、清水一巳強化本部長、崎山利夫強化委員長の2人に行って来てもらいました。詳細な報告書がだされていますが、ポイントだけお話しますと、コースは海際の塩水湖で2000メートルギリギリの感じ、気候は冬なので暑さ対策は必要なし、とにかく遠いので(片道30時間)コンデション調整が要注意、安全面では選手村は大丈夫だが外に宿泊するスタッフは気をつけないと、といったところです。
思いがけない収穫は、いろんな他競技団体のスタッフと親しくなれて強化のやりかたなどで参考になる情報がたくさん得られたということです。
× × ×
9月25日に面白いボートの本が出版されます。
「ヒトラーのオリンピックに挑んだ若者たち――ボートに託した夢」(原題「THE BOYS IN THE BOAT」)という本で、アメリカでベストセラーになり、近々映画化も予定されている本です。
どういうわけかその本の帯(腰巻)に載せる推薦文を書いてくれという依頼が、出版元の早川書房からわたしのところに来ました。分厚いゲラ刷り(580ページあります)が届いて、60字以内で「ボートの面白さ、読みどころ」を推薦文という形で書いてくれ、という依頼なのです。さっそく読み始めましたが、これがべらぼうに面白い。たった3日間で読み終えましたが、さてこの面白さを60字以内で書くことには、初めての経験でもありホトホト参りました。どんな推薦文を書いたのかは現物をみてください。
1936年のベルリン・オリンピックで、0.6秒差でイタリアをおさえて優勝したアメリカ・ワシントン大学クルーが主人公のノンフィクションです。たった3年間の漕歴のクルーが、どのような厳しい練習、悩み・葛藤、好敵手との戦いなどを経て、ついに金メダルを手にするに至ったのか。そのひとつひとつの経験が生き生きと描かれていて、わたしは久しぶりに興奮し時には涙しました。
著者D・J・ブラウン氏はボート経験者ではありません。たまたま当時のワシントン大学クルーの7番手だったジョー・ランツに、死の直前に話を聞く機会があり、強い感銘をうけこの本を書く決心をしたようです。ジョー・ランツの条件はただひとつ「私のことだけを書くのはだめだ。“ボート”のことを書いてくれ、ぜったいに」というものです。
コーチ、コックス,漕手、そして何十年もボートを観つづけてきた艇造りの名人職人。一人ひとりが感じたこと、考えたこと、行動したことは、われわれボートを漕いだ人間にとって胸にジンとくることばかりで、まさにボートの本質すべてが書かれている傑作だとおもいました。「オアズパーソン必読の書」と思いますのでぜひ読んでください。
以上