公益社団法人日本ボート協会

Japan Rowing Association

日本ボート協会JARA

全国のオアズパーソンへの手紙(第18信)

2014年2月1日
日本ボート協会会長
大久保 尚武
会長写真

戸田コースへ車で高速道路を走ると、ちょっと手前で笹目橋が目にはいってきます。するとかならず、あの日のことを思い出します。個人的な思い出ですが、ちょっと聞いてください。

1960(昭和35)年のたしか1月20日だと思います。荒川にシェルフォアを出し上流に向かいパドルを漕ぎだしたときです。笹目のちょっと上流の右岸で、ガガガッと杭に乗り上げ艇は大破、杭が沢山だったのでチンは免れたものの、へそから下は冷たい水の中。ショックで呆然としていましたが、運よく砂利舟が通りかかり助けてもらいました。

ローマオリンピックの国内予選は5月8日、他にフォア艇は持っていないしもうダメかと絶望的になっていましたが、コーチ(杉田美昭さん)は平然と「よし、まだ間に合う。新艇をつくってもらおう。それまでナックルフォアで練習だ。大丈夫だ」と決断しました。

それから40日間ナックルで練習しました。クルーは2年生2人1年生2人という素人に毛の生えた程度、予選まで3ヵ月半しかないという状況です。ただコーチの言う通り、一本一本キャッチからフィニッシュまで平らで強いオールを引くことだけ、つまりボートの基本中の基本だけを考えて漕ぎました。そして練習量だけは、よくやりました。お陰でナックルならほとんど無敵になり、遠漕で上級生と並べても負けなくなりました。1時間漕ぎなど長いものになるほど得意で「ホイキタ」というものです。ただレートが34以上に上がらなくなってしまったのが欠点かもしれません。

幸いオリンピック予選では勝つことができました。しかしローマの本戦ではこの程度のクルーが世界で通用するはずもなく、惨敗でした。

半世紀前の古い思い出話を聞いてもらいましたが、ここでわたしとしての教訓は2つあります。一つは、どんな事故や災難が降りかかってきても、悪いことばかりじゃない、前向きに捉えるべき側面がかならず隠れている、と考える癖がついたことです。つまりオリンピック予選で勝てたのは、あのナックルでの練習のおかげだと、今でも思っています。

もう一つが冬場での基礎練習の重要性ですが、これはいまさらあらためて言うまでもないことでしょう。

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1月22日(水)1月度の日本代表強化選考合宿を観にいってきました。ちょうど1500メートルのタイムトライアルをやっていて、各クルーの力漕ぶりを土手からじっくり見ることができました。今月は12月の選考合宿で残った、シニアの、男子はLM2-が9クルー、LM1Xが16クルー、そして女子はLW1Xの10クルーが参加しています。それに都合のつく男女のU23とU20のいくつかのクルーが自主参加しており、さらに今日のタイムトライアルには、U19のクルーもいくつか参加していて、じつに賑やかですし、見ごたえがありました。

こうして毎月の合宿ごとに選考をかさねて、最終的な日本代表クルーが選ばれていくわけです。

選手の漕力を見極め、選び、育てていくのは、もちろんナショナルコーチの皆さんの役割です。わたしなど正直なところ、よくわかりません。ただ、この現場の匂いを少しでも毎月かいでおくほうが、総合的なマネジメントの判断をする際にいいのではないか、と思っています。それに、何といっても若い選手が伸びていくのを目の当たりにするのは、嬉しいことです。

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「マイク・タナー氏とニコラス・イー氏への感謝の会」が、1月19日(日)にNTC(ナショナルトレーニングセンター)で開かれました。

あまりご存じない方が多いと思いますが、FISA審判委員(アジア担当)とARF(アジアボート連盟)審判委員長を務めたマイク・タナー氏(香港)とニコラス・イー氏(シンガポール)には、日本の国際審判員は、ほんとうにお世話になっています。お二人が昨年12月をもって国際審判員の定年(65歳)を迎えられたのを機に、日本の国際審判員の有志が日本にお招きし、お二人の講演会と謝恩パーティーを開いたのです。関係者34人が出席しました。

お二人の話は、日本のボートがアジアの先駆者としての責任をもっと自覚すべきだ(もちろんそんな露骨な言い方はされませんでしたが)という前提で、特にタナーさんは「2020年には必ず金メダルを取ってほしい」、そしてイーさんは「もっとアジア志向でひっぱっていってほしい」と話されたのが印象に残りました。

いろんな人のお力を借りながら、これからの日本ボートは世界に貢献していかなくてはならないのだと、あらためて実感しました。(ちなみにアジアボート連盟の加盟国は32ヵ国もあるのです)

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「海の森ボートコース」の緑化については、これまでも何度かお話したと思います。北側の島の緑化は着々と進んでいるのですが、いま埋め立て中の南側の島の緑化については、東京都環境局は「まだメタンガスが出ているし温度も高いので……」と渋っているのです。わたしは「北側が緑の森で、南側が砂漠のような黄土色の景色では世界に恥さらしですよ」と翻意をうながしているのですが、なかなかその気になってくれません。

1月20日(月)東京都の「海の森緑化」の表彰式で安藤忠雄さんと一緒になった時、安藤さんが寄ってきて「大久保さん、対岸の緑化をぜひやりましょう。お金はなんとかなりますよ」と大声で話しかけてきました。「もちろん望むところです。一緒に東京都と話しましょう」と環境局の担当者を含めて15分ほど話しました。さすがに安藤さんの迫力あるご発言で、都側も「検討します」というところまではいきました。

後日 安藤さんからいただいた手紙の一部を紹介します。

「海の森の対岸の緑化の件、東京都にがんばってもらい、早く進めないといけないと思います。造成を急いで、遅くとも2016年には植えるようにしないと、オリンピックまでに立派な森になりません。対岸も含めて森を育てることで、より「海の森」のコンセプトが明快になり、オリンピックに訪れる各国の人々を堂々と迎え入れることが、できると思います。」

実にうれしい、わたしの考えにぴったりの手紙で、この線で押していくつもりです。

以上