国際ボート連盟(FISA)公式サイトに掲載された2017年3月3日付ニュース「ボート競技の腰痛 – 専門家の声」を邦訳しました。 腰痛について各国代表チームのベテラン理学療法士と世界トップクラスのアスリートによる見解をご紹介します。
2016年5月に、フィオナ・ウィルソン博士(Dr. Fiona Wilson)による「漕手の腰痛」を記事として掲載しました。
ボート競技における腰痛について調査しています。この記事では、長年にわたり働いてきた数多くのナショナルチームの理学療法士の臨床的専門知識と世界最高レベルの漕手とを組み合わせています。
【2017年3月3日】
現在までの研究では、以前から腰痛があった場合とエルゴメータートレーニングがボート競技における腰痛の主要な危険因子として特定しています。臨床医はまた、腰痛の発症を予測することができる他の多くの要素を指摘しています。
選手、コーチ、医療チームによる腰痛の早期発見が重要です。発見が遅れると、損傷の重傷度および治療後の結果に影響を与える可能性があります。常に指摘されているように、選手のサポート・スタッフ、仲間、さらにはメディアによるトレーニング、怪我の予防、腰痛対策に関する助言が混在しているために、選手がリスクを管理し、怪我の予防方法を知ることが難しい状況となっています。このため、マネジメントチームと医療チームが最初からコミュニケーションを取ることが重要です。漕手、コーチ、強化チームとコンディショニング・チームのすべてがマネジメントの役割を担っているのです。
ほとんどのスポーツは、怪我のリスクを高める可能性のある問題を特定・評価するために、選手(多くの場合、プレシーズン)を審査します。一般的な推奨事項は、アスリートの個々の要件に基づいた強化または強化プログラムがほとんどです。
最近の研究では、これらのプログラムは怪我の予防に期待されるほど有用ではないことが示されていますが、漕手と協働する医師の多くは、簡易的なテストや推奨で効果的なものがあると主張しています。
かかとを平らにしたまま、脛と胴体を垂直に保ち、深くスクワット運動が出来れば、腰に負荷を与えることなく、適切なキャッチ・ポジション(坐骨上で)が取れる能力を示します。漕手がローイングマシン(エルゴ)のフロントストップのポジションを取ることでこれをテストすることもできます(下部の写真を参照)。
もう一つの推奨されるテストは、座ってから起立することです。良いパフォーマンスを出すには、腰を素早く上下させるのではなく、腰をまっすぐにして胸郭がリラックスした状態を保つ能力が必要です。これは、腰の十分な屈曲とキャッチとを密接に関連させる漕手の能力だけでなく、ドライブの初期段階で骨盤と胴体を同時に動かす胴体のコントロール能力と深い関連があると思われます。
同様に、脚を蹴り出すと同時に背筋を伸ばして起き上がる能力は、ハムストリング筋または骨盤周りの筋肉の耐久性の弱さによってバック・ポジションがうまく取れないかどうかの指標となります。胴体および腰部筋肉組織の耐久性を検査すれば、特に疲労状態の時に取るべき安全な動きを取るための能力に関して有用な情報が得られるでしょう。多くの国々で利用されていますが、漕手が腰痛を発症した場合、ケガの重症度を測る際に、病院で利用される調査(KeelのStarTスクリーニングツール(StarT Back test)= SBSTなど)があります。これは、腰痛管理において一般的な対応方法です。
良いニュースとしては、ほとんどの腰痛は自分で回復できるということです。医師は、即刻または集中的な処置が必要なほど(これは非常に稀ではありますが)の兆候がないか検査します。
「害を及ぼさない」つまり、痛みを押して漕ぐ練習をしても何も得るものがない、というのが鉄則です。この間に漕ぐ練習は他の運動やトレーニングに変えるべきです。心理的な不安が腰痛の症状を悪化させると見られているため、漕手は安心感を持つべきです。腰痛を治療している人の中には、有益と見られている「マインドフルネス(瞑想)」を推奨する人もいます。
腰痛を管理するには、個々人に適した方法で行われるべきであり、現時点でどのような問題が腰痛の要因(技術力や最適でない回復方法など)となっているのかを特定することが重要です。MRI(Magnetic Resonance Imaging、磁気共鳴画像)による検査は、さらに精密検査が必要にならなければ、有益な手段とはいえないことが明らかになっています。というのも、新たな症状がスキャンに表示されるまでに数週間かかること、また特に問題がないと思われる状況でもMRI上で問題があると表示されるのが一般的だからです。
この初期段階では、鎮痛薬が役立つかもしれません。というのも、漕手が通常の動きに早く戻れるからです。ここで重要なのが、医師の指導の元、エクササイズを継続することです。有酸素運動だけでなく、腰を支える筋肉の等尺性筋収縮運動(アイソメトリック・エクササイズ)も、痛みの軽減や筋肉が衰えるリスクの軽減に役立つことを示す新しい研究結果が出ています。
ボート競技者が抱える腰痛が、順調に回復するための決定要因がいくつかあります。腰痛の経験者の場合、その症状の経過が、早期にまた順調に回復するかを決定します。突然と劇的に痛みがある場合(痛みや正常に機能しないために突然背中が動く)、回復が遅く、うまく回復しない可能性があります。その痛みが突然かつ急激に(腰がかなりの痛みや動かせないなど)くる場合は、回復は遅くなる可能性があります。もし腰痛に伴って、足の痛みや神経系の症状、例えば痺れやうずくような痛みがある場合は、回復はより遅くなるでしょう。
理学療法士は、「固定化された構造的欠点」についての話をするかも知れません。これが意味するところは、一連の動作に関するものです。例えば、足首や股関節が固い場合、他の部分(腰など)が埋め合わせをするように一連の動きをしてしまうことです。これが矯正されないと、漕手が腰痛を完治させることは困難となります。リウマチといった一般的な病気からくる腰痛を抱えている漕手もいるかもしれません。これは決して漕げるまでに回復できないというわけではなく、その症状に精通したドクターを必要とするような、また別の対処方法が必要とされるということです。
最近では、怪我の予防プログラムだけではなく、個々にプログラムされた腰痛のためのリハビリに焦点を当てている傾向が見られます。早期に股関節や骨盤の動きを正常にコントロールすることが重要であり、この時点においては正しい運動をすることによって誤った動作を対処することに重点が置かれます。関節可動域訓練(腰だけではなく、股関節や足首のストレッチ)は重要であり、それによって漕手は適切な腰のポジションを取るができ、それから強化トレーニングや耐久力トレーニングへとつながっていきます。
エクササイズは、胴体の伸筋の耐久性に重点を置くべきです。というのも、腰を守る上で重要だからです。胴体の屈筋が偏らないようにコントロールすることも重要です。漕手は、室内でのエルゴ(10分以内)を長く行うことを避けて出来る限り早く(リハビリとしてのボート上でのエクササイズなど)漕ぐ練習に戻るべきです。ダイナミック・エルゴで漕手に対し、スポーツにおける生体力学を徐々に理解させ、そこから固定式のエルゴに移ることで、彼らの動きを近いところから分析することができます。フィードバック式のツールはとても有用で、慣性センサーのようなウェアラブル技術によって、腰の動きを計測し、漕手が誤った動きを矯正できるようになります。
腰痛のリハビリや予防プログラムにおいて鍵となるのが、体は「全体のシステム」だと認識すること、またすべての関節は相互に影響し合っている、ということです。あるシステム(固い股関節、不十分な背筋の耐久性)での僅かな変化や、補い合うことが、選手の体全体に影響を与えます。他に、よく誤って対処されるのが、リハビリでの特異性、特に「コア」の部分です。
ローイングスポーツにおいて要求される動きのパターンを考慮せず、静的な強化に重きを置く対処法は、有用ではありません。動的な活動、つまり漕ぎのパターンの中で腰が正常に動くようにすることが最も適しているのです。オーストラリアローイングでは、このことを念頭に置いて、うまく組み立てられたプログラムを設計しました。
Dr Fiona Wilson – Chartered Physiotherapist Trinity College Dublin, ex アイルランドローイング
Kellie Wilkie – Chartered Physiotherapist オーストラリアローイング
Sarah-Jane McDonnell – Chartered Physiotherapist アイルランドローイング
Craig Newlands – Chartered Physiotherapist ニュージーランドローイング
Mark Edgar – Chartered Physiotherapist 英国ローイング
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World Rowing / www.worldrowing.com AND © Sarah Lombardi, Rowfficient
翻訳:日本ボート協会 総務委員会